お待たせしました!名古屋に帰還!お伝えしたいことがいっぱいです☆

運命が変わる時:名古屋を離れていた3年間 #3

こんにちは。
食べ物は熱いのも冷たいのも苦手な、猫舌のかりんです。

前回は「よし、あれをやろう!」と決めたところまでお話しました。
決めた職種が何かはこの後お話していきますが、何にしろ今までに全く経験の無いものであることは間違いないです。
当時の私はと言えば、ぶっちゃけその道に入るのがもう楽しみで楽しみで仕方無かったです。
今日はそんなテンションの私が何の仕事を選び、どんな感じで進んでいったのか、お話していこうと思います。

前回のお話はこちら

運命が変わる時:名古屋を離れていた3年間 #2

いよいよ転職活動開始!と思いきや・・・

早速ネットで求人を検索し始めた私でしたが、正直に白状すると、光の速さで転職したわけではなく、3月末までの2ヶ月弱くらいグダグダした期間がありました。

いつもなら即断即決が基本の私がなぜこんな感じだったかと言うと、一番には「世の中が外出を控えている状態にも関わらず、私を信じてサロンに来て下さるお客様がまだいて下さり、それに答えたい気持ちがあった」のと、「ひょっとしたら流行病がすぐに収束の可能性もあるかも?と、まだ甘い希望を持っていた」からです。

自分一人の事なら迷わず速攻で決められても、自分以外の人が関わっている事だとめちゃめちゃ迷います。そもそも人は人あってのものだって思っているし、何より私、「人が大好き」なんで。
そりゃどうしても気持ち入っちゃいますよ。迷いますよ。とまぁ、私はこんな感じなんですけど、あなたはどうですか?どんな風に感じたり、迷ったり、決めたりするのかな・・・

そんな感じで3月末までグダグダと粘りましたが、「このまま様子を見ていても埒が明かない。返済の請求は容赦なくやってくるし、手持ちのお金は目減りしていくだけだ。」と4月になり一気に行動を始めました。

で、結局何の仕事にしたのよ

って話ですよね。
はい。発表します。

私の選んだ仕事は

です。

「鳶」実は10代後半の頃から憧れていた仕事でした。
憧れるようになったきっかけは、18?19?の頃に、鳶とはぜんぜん違うんですが、一度現場仕事をアルバイトでやっていたことがあったんですね。その時に鳶さんがお仕事をする姿を見て「めっちゃかっこいい!私もやってみたいな~」と思ったのが最初だったと思います。

そこで一般的な感じだと「かっこいい鳶さんに憧れてファンになる。恋しちゃう♡」みたいな流れなのかもしれませんが、私はそっちにはさっぱり行かず「自分でやってみたい」になってしまったわけです。

それから街を歩く度に、鳶さんがお仕事をしていると立ち止まって見るようになりました。見ていて本当にかっこいいし、どれだけ見ていて全然飽きないんですよ。

ここまで読んだあなたは「じゃあなんでその時やらなかったの?」ってきっと思いますよね。
そうなんです。その時の私はやらなかったんです。


なんでやらなかったの?

なんでやらなかったのか?この時の私には深~い深~い理由が・・・

ありませんでした!どーん!

やらなかった理由は単純に、「女の子だから入れてもらえない」って勝手に思いこんでいただけの事でした。

今から30年前と言えば、バブルが終わってすぐくらいの時で、まだ「漢はギラギラ、女はキラキラ」みたいな雰囲気が日本全体にありましたから、鳶を女の子がやるっていけないことなんじゃないかみたいに勝手に思い込んでしまったんですよね。

今になって年配の鳶の先輩に当時の話を聞くと、あの頃は女性もイケイケで、女性だけの鳶や大工の会社があった少ないながらもあったそうなので、実は今よりも門戸が開かれていたんじゃないかと、思い込みでやらなかったその時の私には正直後悔しています。

そんな事もあり、うっかり30年も経ってしまいましたが、やっと念願の鳶の会社に就職するべく、求人を探し、一件ずつ応募を始めていったのでした。

#4につづく

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